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ハンティング

ネットの草創期に『太陽と風と夜の国』という物語のサイトを開設していました。そちらより、『ハンティング』です。男の獲物とは?

1996.01.01


ハンティング。彼の獲物とは?

恋人たちの風景。

真夏の太陽の下、空は鮮やかに晴れ渡り、波は穏やかに堤防に打ち寄せる。堤防からは、仰々しい釣師姿で身を包んだ人たちが、渋い顔で竿先を見つめている。その中に混ざって、軽装の若い恋人どうしが異質な彩りを放っていた。
「今度はヒラメだぜ。」
さっき釣り上げたばかりの動き廻る黒鯛とは異なり、ぐぐっと深く沈む手応えに、彼は確信を持って言った。簡単な身なりの割りには、しっかりと柄の長い網などを用意している。
「ほら」と引き上げれば60センチを超える大物。
娘の無邪気な歓声が響く。
居並ぶ玄人面の釣り人たちも、決して不漁ではないが、次々に大物を引き上げる若者に苦い眼差しを向ける。連れの娘が、明らかに飛び抜けて美しいのも、彼等の密かな憎しみを煽っていた。

「すっごい。どうしてこんなに釣れるの?」
娘は、二十歳らしい陰りのない眼を大きく開いて、楽しげに問う。
「どうしてだろう。美佐と一緒だからだよ。」
彼は、父親でも、兄でもない、恋人の口調で答える。
誰が見ても恋人どうしの彼等は、一回りも年齢が違っていたが、その不自然さはなかった。
新たに付けた餌を海中に投げ込むと、彼は竿先を黙って見つめた。ふと、その視線に、沈黙の言葉が宿る。(釣れるのは当たり前なんだ。身が太く、生きの良いイソメを特別に仕入れたのだし、蒔き餌にも高価なアジをすり身にして使っている。何より潮が良いことが分かっている。今日は、釣れる日なのだ。)

「半年前に出会ってから、あなたとなら幸せがやってくるって、いつも思ってるの。」
肩を寄せると彼女は娘らしい無邪気なことを言う。
「きっと、そうだね」男は、優しく答える。
だが、彼の瞳は小さな罪悪感に耐えているに違いなかった。
なぜなら男が彼女を見初めて、実はもう5年の歳月が過ぎていたから。彼は、まだ幼い彼女に出会って以来、彼女を獲得するために万全を期してきたのだ。財力を蓄え、若さを保ち、時には影から彼女の純潔を守り・・・。そして彼女の前に現われたのが半年前。(それくらい、俺は彼女を愛してきた)。男は、自分自身に言い聞かせると、竿先をじっと見据えた。




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